第三章/夢の箱庭
最後の夜、ボクは迷わなかった。
布団に入る前、箱から最後の一本を取り出し、机の上にそっと置いた。
この一本が、すべてをつなぐ。
少女の声が、どこかでそう言っていた。
目を閉じると、夢の中はもう庭ではなかった。
あの静かな場所は、白く滲み、形を失いはじめていた。
紫陽花は枯れ、ブランコは宙に浮かび、縁側が空へと崩れていく。
そして、少女がいた。
もう大人に近い姿だった。
でもその目は、あの時と変わらないまま、ボクを見つめていた。
「見てくれて、ありがとう」
「これで、わたしは全部になれる」
彼女の周りに、骨のような光が集まっていた。
蜘蛛の脚のようにのびるそれらが、ボクに触れようとしていた。
「わたしを、あなたの中に入れて」
「もう、忘れなくていいのよ」
そう言って、少女が手を伸ばす。
ボクは、一歩だけ、後ずさった。
「……ごめん」
「たぶんそれは、ボクのすることじゃないんだと思う」
少女は、ゆっくり瞬きをした。
驚いたような、でもどこか安心したような顔だった。
「あなたが選ぶこと。それが、いちばんの記憶になる」
骨の光がふわりと舞い、静かにほどけていく。
少女もまた、声も形も、風にまぎれて消えていった。
夢が終わった。
朝。
机の上には、最後の一本が残されていた。
ボクはそれを箱に戻した。
そして、しっかりと蓋を閉じた。
もう二度と、開けないように。
祖母の声も、記憶も、夢も。
たしかに触れた。忘れない。
でも――
ありがとう、おばあちゃん。
ボクは、僕の骨で、生きていく。
空焚き工房(からだきこうぼう)


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