第一章/箱の中の夏
祖母が死んだ。
その夏、ボクは、山あいの町にいた。
空は深く澄んでいて、蝉の声が、空気の隙間を埋め尽くしていた。
母とふたり、田舎の家で祖母の遺品整理をすることになった。
もう何年も使われていない畳の匂いと、どこか湿った風。
時間が止まったような部屋の中で、僕はある箱を見つけた。
白木の、小さな箱だった。
埃を払って蓋を開けると、中に何かが並んでいた。
それは、骨だった。
細くて、透きとおっていて、まるで蜘蛛の脚のようにしなやかだった。
四本。
どれも形が微妙に違い、自然に削られたような優しい曲線を持っていた。
裏に、小さな紙片が挟まれていた。
そこには、かすれた筆跡でこう書かれていた。

「くものほね」
記憶の糸をたどるもの。
意味はわからなかった。
でも、なぜか箱を閉じられなかった。
夜。
ボクは、骨のひとつをそっと机に置いて眠りについた。
気づくと、夢を見ていた。
知らない庭にいた。
水の止まった石の手水鉢。色あせたブランコ。
誰もいない縁側に、白い紫陽花がひとつ、風に揺れていた。
その奥に、少女がいた。
真っ白なワンピースを着て、まっすぐこちらを見ていた。
ボクより少し幼い、けれど、なぜか懐かしさを感じた。
「ここはね、忘れたくなかったものたちの庭」
少女はそう言った。
声に、祖母の面影があった。
「骨は、ほどけかけた記憶を結ぶ糸なの。
夢の奥に、まだ残っているのよ。わたしの全てが」
その言葉の意味を、ボクは深く考えなかった。
夢の中の風は心地よく、景色はやさしかった。
朝、目が覚めると、机の上にあった骨が消えていた。
急いで箱を開けると、中には三本だけが残っていた。
静かに、ひとつの記憶が抜けていく音がした。
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