ボランティア

ボランティアサムネ
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風が吹く。乾いたアスファルトの上を、ひとつの紙くずが転がる。白かったはずのその断片は、今や黒ずみ、湿り気を含み、端はわずかにほつれ、無数の靴底に踏まれた跡が刻まれている。かすかに、何かの文字が染み込んでいるが、もはや読み取ることはできない。
足音が止まる。
影が紙くずに覆いかぶさる。数秒間、その場にじっととどまる。風がさらにひと吹きし、紙くずがかすかに震える。それを見ていた影が、わずかに動く。
膝がゆっくりと曲がる。
まるで、地面と対話するかのように慎重な動作。関節がわずかに軋む。ズボンの布地がかすかに擦れる。指が動く。まず、親指が微かに突き出される。続いて、人差し指と中指が、紙くずへと伸びていく。指先が触れる。
ザラリ。
湿った紙繊維の感触が、皮膚の上に広がる。乾いているようで、わずかにねっとりとした粘り気がある。雨に濡れ、乾き、また濡れてを繰り返していたのだろう。表面には細かい砂が埋まり込み、かすかにざらつく抵抗がある。
指が、ゆっくりと圧をかける。
静かに、確実に掴み取る。親指と人差し指の間に挟み込む。紙はわずかに変形し、筋が走る。指先にまとわりつく不快な質感。力を込めると、繊維の束がわずかに軋む音を立てる。掴んだまま、ゆっくりと持ち上げる。
浮かび上がった紙の裏に、泥がこびりついていた。
地面に張り付いていた部分は、湿り気を帯びて、茶色く変色している。裏返したことで、ふわりと埃が舞う。日の光を浴び、無数の微粒子が空中に漂い、キラキラと輝く。風に乗って、それは一瞬で消えていった。
手は、しばらくそのままの姿勢を保つ。
指の間で、しなびた紙くずが無言のまま存在を主張する。指先の感触がじわじわと皮膚に染み込んでいく。かすかに湿った、しかし乾いた。柔らかいようで、固い。生きているようで、死んでいる。
そして、
手が、ほどける。
ゆっくりと、確実に、掴んでいた力を抜いていく。指先がわずかに離れ、空気が隙間を埋める。重力に導かれるように、紙くずは指から解放される。
ふわり。
ほんの一瞬、宙を舞う。風に揺られ、かすかにねじれながら、ゆっくりと下降する。紙の表面に光が当たり、わずかに反射する。ひらひらと、まるで舞い落ちる枯葉のように、左右に揺れながら落下していく。
やがて、
ポトゥ
という微かな音を立てて、紙くずは再びアスファルトへと着地する。
指先に、まだ微かな感触が残っている。わずかな湿気、細かい砂のざらつき。人差し指と親指をこすり合わせると、指紋に入り込んだ砂がかすかに擦れる。
手を払う。軽く、一度だけ。
風が吹く。
紙くずが、また転がり始める。

あとがき

卵を片手で割れないマジか

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