私には鎖が巻き付いている。これは母が私に縛った鎖だ。
高校生になってそれが目に見えてしまいそうな程、強く感じるようになった。
うちは片親で、兄がいた。私が高校生になった時、兄は大学を卒業し、プロの格闘ゲーマーを志し家を出ていった。そして、そこから母親はおかしくなってしまった。
母は幼少期からかなり過保護で厳しかった。習い事もピアノや算盤やらたくさん通わせ、心が折れそうな時はいつも「しゃんとしなさい」とかなりキツく喝を入れて辞めさせてはもらえなかった。だが、兄に対してはそんなにで、好きなことをやらせていたし、口出しもそんなにしなかった。
兄と私は昔仲良かったが、兄には優しい母が私にはかなり過保護に、かなり厳しくしている様子を見て、後ろめたくなったのか私との関わりは少なくなっていった。
そして兄が出ていった。そうしてからの日々は凄まじかった。母は前にも増して過保護になり、もう高校生なのに門限が暗くなる前だったり、遊びに行く際は誰とどこかをメモして残さなければならなかった。母の買い物には絶対について行かなくてはいけない。など言い出したらキリがない。これを守らなければヒステリックを起こし髪を捕まれ、怒鳴られ、最悪手を出される。
もううんざりだったが、私が切り返すと悪化するので平穏を装い、部屋に帰って静かに泣いたり、イヤホンを突っ込んでいた。だが、返事をしないとこれもまた悪化につながるので、イヤホンは母が寝る時しかできなかった。
私の精神は、限界の壁にタッチしては折り返し、平気なフリをしてはまた限界の壁に追いやられ、タッチして反発で少し戻る。これの繰り返しがかなり続いてきた。もう鎖が体にめり込んでいる。骨格まで脅かされるほどめり込んできた時、頭が一つの言葉でいっぱいになった。
「殺される前に、殺すしかない」
私は決心し、休日のショッピングモールへと向かった。「調理用具」が売っているコーナーや店を探した。鎖を引きちぎらんとする覚悟を持っていた。
そんなとき、ふと格闘ゲーム大会が開かれているのが視界に入った。そして私は昔、もうはるか昔に思える兄との会話を思い出した。
「ねえ、なんでさっきまで倒れてたのに飛び上がってパンチしてるの?この人なんて言ってるの?」
「これは昇竜拳だよ。かっこいいだろ。俺が倒れてると思って追い討ちをしにきたやつにあえてこの昇竜拳をくらわせる」
「なんでこの人パンチするのに飛ぶの?無駄だよ」
「ただのパンチじゃつまらないだろ。必殺技だよ。しかもこれはね、アッパーなんだよ、アッパー。ただ相手をアッパーするだけなのに勢いがすごくて飛んじゃうんだよ」
「なにそれ変なの」
「いやいや、かっこいいだろー?覚悟の乗ったパンチが凄すぎて飛んじゃうんだぜ?俺もこうなりてー」
当時の私は小学生で、兄は高校生だった。私は「アッパー」が何かも理解していなかったし、意味が全くわからなかった。でも兄が嬉しそうに語っていたので、私も昇竜拳だけ覚えて兄がやっているのをたまに見ていた。ただ別にその後私は格闘ゲームはやらなかったし、今の今まで忘れていた。
必殺技。必ず殺す技。それがただの包丁だったらつまらないかもしれない。あえてくらわせる技。覚悟の乗った。勢いのある。
私はその瞬間、調理器具を探すのをやめた。ショッピングモールで自分の昇竜拳を探した。
そしてその日は門限スレスレで帰った。朝の様子を見ていた感じ、母はその日機嫌が悪かった。
案の定小言が繰り返される。私は丁寧に返事をしたが、母はかなり怒りのボルテージが上がっていった。いつものことだ。どうやったとしても結局機嫌次第でヒートアップするのだ。
「どういうつもりで生きているの?お母さんを不安にさせてそんなに楽しい?」
その言葉が来た瞬間、私は母を睨みつけた。一瞬ひるんだが、「なによその目は」と続いた。
私はフッと息を吐き拳を握り込んだ。限界だ。自分の爪が手のひらに刺さりそうなほど強く握り込んだ。母も流石にこの後何が起こるか分かっていそうだった。この子は私を殴るんだ、と。きっと脳内には、殴られたらなんて言ってやろうかと考えているに違いない。私は拳を握り込み、そのまま部屋へと走り、すぐに戻ってきた。母が「なんだ?」という顔をしている前に腕を振りかぶり突進して行く。母の眉間に「くるぞ」というシワが寄り、食いしばるように見えた。ここだ。
花束。私は母の前に花束を突き出した。花の種類はわからない。真っ赤な花束。母はそれを見て拍子抜けの顔をして、私の顔を見た。私は表情には目一杯の殺意を込めた。母は流石に動揺し、何も言えなくなっていた。
花束を母の胸に押し付け無理やり渡し、部屋へと戻った。
母がどう思ったかはわからない。そして私の心もそんなに晴れない。そしてこの体に巻き付く鎖も取れない。わかっていたことだ。こんな簡単に鎖が取れる訳がないし、母も変わるわけはない。ただ、覚悟を乗せて、勢いよく、あえて技をくらわせる。
少し鎖にヒビをいれることが出来た気がする。
そうだ、これが私の昇竜拳だ。
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